1月15日 手術日

手術当日とあって、この日は朝から心臓バクバク。
気を紛らわせるのに、またまた同室の方々とお話。
明日までの2日間は絶食水の為、朝から何も口にせず。
前日の夕食、食後の浣腸のことが気になってたので、今ひとつよく味わって食べれなかったのが残念。
この後、2日間は何も食べれなくなるのにね。

8時少し前に処置室へ呼ばれて、2度目の浣腸……。
またしても頑張ったつもりだけど、恐らく1分持ったかどうか怪しい。
とは言っても出たようだから、いいのかな? ←汚い内容で申し訳ない。

部屋に戻って少しすると、麻酔科の先生が来て口を大きく開けさせられたり、首を触られたりして喉の具合の確認と入れ歯の有る無しの確認をしていった。

ちょっとして、今度は手術室担当の看護師さんが、手術までの説明に来た。
内容は手術室へ移動する時間と、移動してからのことなどだった。

次に外来に呼ばれる。
診察室に入って、内診と経膣エコーの後、先生とお話。
「よく眠れましたか?」の質問に「熱くて何度か目が覚めました」と言ったら、先生少し不思議がった。
飲みなれてる人なら兎も角、初めて飲んだのに効きが悪いのってあまりないのかもね。
「血圧も体温も特に問題がないので、予定通り手術できますね」という先生の締めの言葉で、ますます緊張する私。

部屋に戻って少しして、看護師さんが血圧と体温、それと血中の酸素濃度を測りに来た。
この時に、着圧靴下(ハイソックスタイプ)を履いて、ブドウ糖点滴をする。
で、ついでに、前日に手術後に使用する晒(腹帯)とバスタオル、夜用ナプキンとT字帯、パンツ(マタニティ用)を渡してあったんだけど、術後に使用分と翌日使用分を後で持っていくから、ということでテーブルの上に出しておく。

看護師さんが戻った後に、私も手術後に(私に)渡してもらおうと親にお願いする、ティッシュぺーパー、ハンドタオル、濡れマスクを用意。
術後は一晩、別のナースステーション近くの術後看護室にいるので、汗掻いたときに必要なタオルとティッシュ、麻酔が切れた後は凄く口が渇くので濡れマスク、これを持って行けばOK.と。


こうして色々しているうちに、どんどん時間が経ってお昼も過ぎて12時半頃に両親到着。
もう私の緊張はMAX! 出来ることならこっそり逃げ出したいくらいだった。
何だか、子供の頃受けた手術の時の光景が次々思い出して、もう自分でも不味いと思うくらい。

1時になると、看護師さんが体温と血圧を測りに来た。
血圧160↑越え!!Σ(゚Д゚;)
流石に看護師さんも、びっくり。
「緊張してる?」と聞かれた……。
「はい、凄くドキドキしてます」と私。
取り合えず横になって深呼吸して、と言われてその通りに。
少し時間を置いて再計測したら130台に下がっていた。
体温は何故か37度。
これも私的にはびっくり。
看護師さんに言わせると、38度越えなきゃ大丈夫、だそう。

このまま呼ばれるまで、ベッドに座って待機。
先生の外来診察が終わる時間によって多少ずれるらしいけど、ほぼ予定通りの1時45分頃になったら、看護師さんが来て、点滴台を押しながら歩いて手術室へ移動することになった。

両親にはデイルームで待っててもらうことにして、私はナースステーションの裏を通って別のエレベーターから手術室へ。
エレベーターを降りてちょっと歩くと手術室の最初のドアがあって、そこで名前とIDの確認をされる。
そこから目の前の2番の手術術室へ案内される。
中に入ると、言わずもがなな光景…。
結構広かった。
手術台の上に仰向けに寝て、タオルケットを掛けてもらう。
その中で病衣と下着を脱ぐ。
心電図計つけて、血圧測って血中酸素濃度測ったり、抗生剤を点滴に入れたりと俎板の上の鯉状態…。
「もう直ぐ先生来ますから、このまま待ってて下さいね」といわれ数分? 先生が来た。
酸素マスク当てられて先生一言「これは、まだ酸素だからね」と言いつつ、看護師さんに薬剤投入の指示を出す。
その内なんだか沁みる薬が入ってきたので「なんだか沁みるんですけど」と言うと「これは沁みる薬だから」と先生。
私は「そうなんですか」と言った後から記憶無し。
麻酔がかかったんだねぇ。

……次が大変だった('A`)
多分手術室を出て直ぐ位なんだと思う。
以外に早く麻酔から醒めちゃったのかもしれない、私。
目が覚めたら、超絶! 有り得ないくらいの激痛に襲われた。
思わず「痛い!」と叫んでしまった。
あまりの痛さに過呼吸状態というか、呼吸が浅く早くなってた。
それから、エレベーターに乗って術後看護室へ結構なスピードで運ばれていたんだと思う。
角を曲がるときの感じからそんな気がした。
この時は、兎に角、痛くてずーっと「痛い」と言い続けていた。

術後看護室へ入ると先生が「傷みを強く感じてるようだから痛み止め打って」と言ってるのが聞こえた。
看護師さんが「身体を横向けますね」と言ったかと思うと、お尻に注射を打たれる。
でも、痛い。
呼吸も速い状態。
看護師さんに「ゆっくり息を吸って、吐いて」と言われて頑張ってそうする。
でも、痛いものは痛い。
けど、呼吸は普通に出来るようになってきた。
そんなときに両親が、呼ばれて部屋に入ってきた。
親から筋腫の数と大きさを教えてもらったけど、父と母では言ってる大きさが違う。
私は痛くて、もうそんなのどうでもいい気分。
でも、子宮は残せたという一言だけは聞き逃さなかった!
良かった…事前に核出しますと言われてはいたけど、開けてみたら色々あって全摘になったらどうしようと思ってたから。
本当に良かった(´Д⊂

ずっと痛い痛い言っていたら、母が「腹を切ったんだから痛くて当たり前!」とか私に言ったΣ(゚Д゚ )
……普通ならここで、そうだね、って納得するんだけど……この傷みはそんな納得出来るような痛さじゃねぇ―――よっ!!!
(お前も切ってみろっ!!!!)←これ私の心の叫び。
母ちゃん酷いです…(´・ω・`)

痛いのを堪えるのにベッドサイドについていた柵を握ろうとしたら、母が私の手を握ってきた。
(……そうじゃないのぉ! 痛いから何か握っていたいのぉ!)←これも私の心の叫び。

そんなこんなでいたら、今度は痰が出てきた、母に言ってティッシュペーパーを持ってきてもらった。
……実は私、手術前に親に持ってきてもらおうと思って用意していたマスクとか渡すの忘れてたんだよね…orz
このときに持ってきてもらえばよかったんだけど、すっかり頭から抜け落ちていて持ってきてもらったのはティッシュのみ。
そしたら先生が入ってきて、「傷みは治まった?」と尋ねてきた。
「まだ少し痛いです」と私。
「…足の曲げ伸ばしと、身体を動かしてね」と私の返答に少し間を置いてから身体を動かすようにと言って先生は去って行った…。
…手術直後から身体動かすのーっ?? ちょっときついです。先生。
と、思ったけど癒着もエコノミー症候群も嫌だったので、頑張って動くことにした。
そこで、時間が気になったので聞いたら16時だったので、ムクさんのことが心配になり両親には、ここで帰ってもらった。
お陰で、この後大変だった。


最初は蒸気のでる酸素マスクをしていたので、鼻水も出るし、顔も濡れるし、痰も出るしで、ティッシュ大活躍!
ゴミが頭の周辺に溜まる溜まる。
その内、顔を拭こうと酸素マスク外したら、頭の後ろに引っ掛けていたゴム取れちゃった…。
ナースコールして、看護師さんに直してもらったついでに、散乱していたゴミを捨てるためのビニール袋をベッドサイドの柵につけてもらった。
ゴミをそこに突っ込んで、頭の周りはすっきり!

そして、どのくらい経ったかわからないけど、酸素マスクが鼻に管を入れるタイプに変わった。
……この時に、マスクを持ってきてもらってなかったことを思い出したんだよね。
看護師さんにお願いしようかと思ったけど、もういいやな気分になっていたので、そのまま我慢することにした。
案の定…口の中が砂漠のようだったよorz
でも相変わらず痰はでる。
一度、痰が引っかかって咳が出たら、激痛が!
痰は取れたけど、この傷みは堪えられん! と思ったので、咳をしないように痰を出す努力をする。
結構苦労したよ。


兎に角、先生に動けと言われていたので、動くことにしたんだけど、足の曲げ伸ばしは無理っぽい気がしたので、足首を回したり上下に倒したりしていた。
身体も動かせとのことだったので、横を向こうとしたら、右向いても左向いても、なんだかチューブのようなものが突っ張ってちょっとしか動かせない。
一つは尿道カテーテルなのはわかった。
でも、もう一つは?
下手に動いて外れたら怖い。
仕方がないので、動ける範囲で(身体が傾く程度だったけど)横向くことにする。
もちろん、普通に身体を動かすなんて出来ないから、柵に手を掛けて身体を引き寄せるようにして身体を横向けた。

この日は、時計がないから正しくは解らないけど、恐らく1時間くらいずつ体温と血圧を測りに看護師さんが来ていたと思う。
たまに傷を見ていったり、点滴を交換していったり。
夜中に、傷みはどうか? と看護師さんに聞かれて、我慢できなくはないけど我慢したくないくらい痛かったので、座薬を入れてもらう。

その後は寝たんだか寝てないんだかよくわからないような感じで一晩過ごした。



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